古典派オーケストラ 百花繚乱

コンパーニャ・ディ・プント Compagnia di Punto〔プントの仲間〕

 ジョヴァンニ・プントという名を知るあなたはきっとホルン奏者ではありませんか?

 モーツァルトから絶賛され、ベートーヴェンからは共演のためにホルンソナタを捧げられた、と云うだけで彼のもつホルン奏者としての技量と音楽性について、それ以上語る必要はないでしょう。

 ボヘミアの農奴として生まれながら音楽的才能を現したがゆえ、危険をともなう(連れ戻されるとホルンが吹けなくなるよう前歯をくだかれるというお仕置きが!)逃亡をはかります。生まれた時の名前はシュティッヒといいますが、イタリア語の名前に変えたのは、最初の活躍の地がイタリアだったという理由と、目をくらますという目的があったからです。

 当時のホルンはヴァルブのないただ管が巻かれただけの楽器でした。倍音以外の音はベルの中に入れた右手で操作して音の高低を定めてゆきます。プントはそのような右手を開け閉めしながら演奏するハンドストップ奏法のパイオニアで、古典派の時代に現れた、豊かな中音域を活用する新しい奏法で聴衆や作曲家を唸らせました。

 さて、そんなプントの名前を冠した合奏団がケルンを中心に細々と活動を繰り広げていることを知り、筆者は興奮の坩堝へ。その合奏団の名はずばり、「プントの仲間(コンパーニャ・ディ・プント)」。ピリオド楽器を用いた、演奏も秀逸なアンサンブルです。

 基本編成は、ホルン、フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが1本ずつの5人のアンサンブルになります。

 常設のアンサンブルとしてはユニーク過ぎる編成ですが、この5人が集う根拠には、1780年代の終わりにパリで出版された、プント作曲の「3つの五重奏曲」の存在があります。

 話が複雑になりますが、この作品にはしかしプントの作ではないという疑惑が投げかけられています。「コンパーニャ・ディ・プント」も、アモン Johannes Amon、フィオリッロ Federigo Fiorilloという真実であろう作曲家の名前を挙げてCD録音をしています。

 とはいっても、アモンはプントのホルンの弟子でもありますし、作品にプントの筆が入っているのは確かなようです。

 さて、古典派シンフォニーを形成する管楽器でまず挙げられるのは、ホルンとオーボエになります。彼らは通常2本ペアでオーケストラに参加します。

 1本のホルンと1本のフルートというのは音楽的に相性のよいものなのでしょうか。「コンパーニャ・ディ・プント」のたった5人の響きを聴けば、対照的なこの2本の管楽器により音楽が意外な広がりをもつことを実感してもらえると思います。

 そうは言っても、この5人だけでは扱える作品には自ずと限界があります。彼らはプントから派生する、18世紀で管楽器がもてはやされていた街や宮廷を訪れます。そのひとつが、エッティンゲン-ヴァラーシュタインの宮廷。ここは、管楽器を縦横無尽に扱ったロゼッティが活躍していた宮廷で、ロゼッティの後には前出のアモンが芸術監督を務めています。

「コンパーニャ・ディ・プント」は、ロゼッティのフルートとホルンをめぐる室内楽を集めたCD、フルート・コンチェルト、ホルン・コンチェルトとシンフォニアを収めたCDをリリースしています。

 センスも技巧も確かな「コンパーニャ・ディ・プント」のリーダー、ホルンのビンデ Christian Binde、多鍵フルートを巧みに操る美しい音をもつケベック出身のラフランム Annie Laflammeをソロとするいきいきとした演奏がすばらしく、この演奏を聴くと、当時ロゼッティが、ハイドン・モーツァルトと比肩しうる作曲家とみなされていた、という話に納得がいきます。

 2020年のベートーヴェン・イヤーに彼らが録音した2枚組のCDは、ベートーヴェンと同時代のエーベルス Carl Friedrich Ebersがベートーヴェンのシンフォニー1番と3番を室内楽編成に編曲したものと、リースFerdinand Riesが編曲した2番のシンフォニーを収めています。3番のシンフォニー「エロイカ」は、弦楽器1本ずつ、フルートと各々2本のクラリネットとホルンという極めて小さな編成にアレンジされたものです。

 シンフォニーの受容の形態としてはむしろフル編成よりも編曲された様々な編成で聴かれることの方が多かった当時。このような編成で聴くことによって、ベートーヴェンの時代の音楽受容のあり方を考えるきっかけを私たちに与えてくれます。*下記参照

 グランドオーケストラで聴くゴージャスさだけがクラシック音楽の楽しみではないことを教えてくれる「コンパーニャ・ディ・プント」。演奏も、気取りやはったりのない、自然で純粋さが際立つもの。リズムが躍動するライブ感のある演奏に惹きつけられます。

 古典派愛いっぱいの「コンパーニャ・ディ・プント」は「プント・エディション」を併設して、ロゼッティのシンフォニアとフルートコンチェルトの楽譜の編纂・出版を行っています。

【コンパーニャ・ディ・プント】

(2020.4.23)

コンパーニャ・ディ・プントの公式サイト

http://www.cpunto.de/

【関連動画】

J.ハイドン:ディヴェルティメント ニ長調 Hob.2:8

コンパーニャ・ディ・プント☆

〔編曲作品の流布について〕*

「ベートーヴェンのシンフォニーをなぜわざわざ編曲された小編成のアンサンブルの演奏で聴かなければならないの?」

「ベートーヴェンの手による原曲こそが至上のもので、トランペットもファゴットも入っていない室内楽編成での演奏の意味はどこにあるの?」

 と大方の人が思うことでしょう。

 

 しかし、モーツァルト自身が行っている管楽八重奏曲 ハ短調 K.388から弦楽五重奏曲 K.406への編曲や、フルート四重奏曲 ハ長調 K.285bの2楽章とグラン・パルティータの6楽章の聴き比べをおもしろいと思わない人はいないでしょう。

 ベートーヴェンも同じように管楽八重奏曲 作品103を弦楽五重奏曲 作品4に編曲したり、七重奏曲 作品20をピアノ三重奏曲 作品38に編曲するなど、自身の作品を自ら他の編成にアレンジしている例が結構多くあります。

 室内楽編成→室内楽編成ばかりでなく、シンフォニー第2番をピアノ三重奏曲 作品36にアレンジした例もあるのです。

 

 ラジオも録音もなく、生演奏に触れる機会も滅多になかった当時、シンフォニーをフル編成で聴く機会はごく限られていました。そこで求められたのが、フルートやピアノ、弦楽器など身近にある楽器用に小編成でも楽しめるようにアレンジされた楽譜です。

 楽譜がいかに売れるかはベートーヴェンにとっても一大関心ごとですから、自身でも編曲に乗り出しました。また信頼のおける同僚に編曲を託すこともありました。編曲された楽譜をチェックすることもありましたが、身近にいた弟子のリースやチェルニー、ディアベッリなどの手による編曲には、自分の作品の流布のために必要なものと考えていたのではないかと思います。

 ただ、質の悪い編曲・編曲者を明らかにせずに行われるものに対して快く思っていなかったのは当然のことでしょう。

 

 ブルジョア階級の台頭が著しかった当時、演奏を楽しむ愛好家の数がうなぎのぼりに増えていた時代。彼らは、それらの楽譜を買い求め、自分たちで演奏して楽しんでもいたのです。

「コンパーニャ・ディ・プント」がCDに収めたシンフォニーの小オーケストラへの編曲のほか、チェルニーは4手ピアノ用に、フンメルは、ピアノ・フルート・ヴァイオリン・チェロの四重奏に編曲するなど、ピアノが入った編曲ものが多いのも時代の要請といえるでしょう。

 

 現代においても、このような多様な編曲ものに触れることで、別角度から光が当てられた作品の新たなる魅力の再発見につながるという経験をすることができると思います。

 ショパンのピアノ協奏曲の室内楽版の演奏が近年盛んに行われていますが、原曲よりもショパンの心の声が聴こえてくる室内楽編成ならではの価値に多くの人が気づき始めています。

 現代の格式化・聖域化されたクラシック音楽界。立派なオーケストラやグランド・ピアノによる演奏に集約されがちなクラシック音楽の風潮に対し、もっと気楽に肩の力を抜いて、さまざまな形態の音楽を楽しもう。あるいは、作品に込められた内面の声をもっと静かに聴こう、という演奏家からの発信と捉えることができるのではないでしょうか。

【コンパーニャ・ディ・プントのベートーヴェン:シンフォニー第3番の演奏風景】

【関連動画】

ベートーヴェン:シンフォニー第2番 ニ長調 (ピアノ三重奏曲版 作品36)

小倉貴久子(フォルテピアノ)、桐山建志(ヴァイオリン)、花崎 薫(チェロ)☆