ホルン

 古典派時代のホルンは右の写真のようなヴァルブなどの仕掛けのない、ただ管を巻いただけのものでした。現代のホルンと区別するために、「ナチュラルホルン」と呼ばれています。上下の唇を振動させて発音する機構は現代のホルンと同じです。このただの管に息を吹き込むと自然倍音がきれいに並びます。

 18世紀半ばまではベルを高く掲げて演奏されることの多かったホルンですが、古典派の時代に入ると、右手をベルの中に入れて、開け閉めすることにより自然倍音以外の音を補助的に吹奏できるように奏法が確立されてゆきます。この楽器で西洋音階を奏でてみると、ドミソという主和音が自然倍音と共通するのでオープンな音となり、ファやラは補正するため右手でベルを塞ぐのでくぐもった音になります。シやレ♯など導音や倚音と呼ばれる和声的に緊張感を伴う音は、完全にベルを塞ぐため、強奏すると金属的な音になります。このナチュラルホルンの楽器の特徴を理解して曲をつくれば、その外見からは信じられないほど音楽的な楽器に変身します。ホルンはオーケストラの必須メンバーなので、古典派の作曲家にとってナチュラルホルンを制することがシンフォニー作曲家になる条件でもありました。

 自然倍音を利用しての自然な流れのハーモニーとメロディーは古典派音楽の命です。ナチュラルホルンで奏でられる自然倍音主体の響きは、まさに古典派音楽の典型です。「ホルンなくしてオーケストラに非ず」という了解事項は古典派時代にこのナチュラルホルンと共にできあがったのです。

 それでもナチュラルホルンの出せる音は限られているので、調性によって管を替える必要があります。右上写真の本体の周りに配された丸い管は替管で、調性によって管を選んで本体に差し込み演奏をしていました。古典派シンフォニーの総譜冒頭のホルンのところを見ると、in Es(変ホ), in F(ヘ)などと書かれています。大体その曲の主調が記されているのですが、これはその曲で用いる管の指定として書かれているのです。加えて、他の楽器にはト音記号などの音部記号の右側に♯などの調号が書かれていますが、ホルンには常に一切書かれていません。ドが調性によって移動するためです。

 一番短いC管は3メートルに満ちませんが、最も長いB管は5メートルを超える長さがあります。この替管による長さの違いは音質にも当然影響を与えます。

 ベートーヴェンは、ホルンの管の長さの違いによる音質の違いがオーケストラのサウンドにどのような効果を与えるのかを常に考え作曲していました。例えば、フルートもホルンも変ホ長調(第3番のシンフォニー)ではくぐもり鈍いあたかも森の響きを醸します。イ長調(第7番のシンフォニー)では両楽器とも華やかな祝祭的な響きを出すことができます。

 ホルンもやがて、管を替えるのに時間がかかる(瞬時の転調に対応できない)、古典派のようなドミソ主体の音楽から、和声が複雑化してゆくことについてゆけなくなり、バルブがつかられてゆくなど改良が施されるようになります。左の楽器は改良期に現れた過渡的な楽器になりますが、管を替える時間を短縮するために考案された、ナチュラルホルンの全ての管を一体化したオムニトニック(全調対応)ホルンです。

【関連動画】

W.A.モーツァルト:ディヴェルティメント ニ長調 K.131より第6楽章

演奏:ラ バンド サンパ La Bande Sympa☆