アントワーヌ・レイシャ/アントン・ライヒャ

Antoine Reicha / Anton Reicha 1770-1836

 日本ではドイツ名のライヒャと呼ばれることが多いと思いますが、彼の活躍の舞台は主にフランスでした。また、プラハに生まれたので、チェコ語名であるアントニン・レイハ(Antonín Rejcha)と本国では今も呼ばれていることでしょう。

 レイシャの父は彼が1歳になる前に亡くなり、10歳まで祖父の元に預けられましたが、その後、おじヨセフ夫妻の養子になり、ここで、ヴァイオリンとピアノ、そしてフルートの手ほどきを受けます。1785年に家族は、選帝侯マクシミリアン-フランツの元、学芸の花咲き乱れるボンに移住します。

 おじヨセフはここの楽団で指揮を執り、レイシャはヴァイオリンやフルートを担当しました。この宮廷楽団には、レイシャと同い年のベートーヴェンがヴィオラを弾いていました。この事実だけで、いかに恵まれた環境の元、彼が十代を過ごしたか説明を要しないでしょう。

 自作のシンフォニーを指揮する機会に恵まれ、ボン大学に入学し、充実の日々を送っていた矢先に、ボンはナポレオンの襲来を受け、この都のオーケストラは散り散りになってしまいます。レイシャはハンブルクに逃れ、その地でさまざまな書物を読みあさり、作曲活動に力を注ぐようになります。

 1799年にはオペラ作家としての成功を夢見てパリに赴きます。ところが自信作もこの街では受け入れられず、失意の中ウィーンへ移住します。1801年のことです。

 パリ音楽界からの影響にウィーン古典派の表現法が加わり、室内楽を中心にさまざまな作品を作曲したウィーン時代。ここではまた教育用の作品、フーガや変奏を極める作品、理論書も執筆。レイシャは総合的な音楽家として成長を遂げました。

 1808年にふたたびパリに戻ることを決意したレイシャ。オペラでの成功の夢は実現することはありませんでしたが、器楽曲の評判はとてもよく、また論理的で有能かつ柔軟性をそなえたレイシャは、1818年にパリ音楽院の対位法の教授として迎えられ、教育者としても名を知られるようになってゆきます。

 パリでのレイシャの業績はまた、フルートをよく知る作曲家として、音楽院や劇場の管楽器のトップ奏者たちとコネクションをもち、彼らのために管楽器のための秀作を残したことです。特に24曲にのぼるフルート、オーボエ、クラリネット、バスーン、ホルンという編成の五重奏曲の分野で革新的な傑作を残しました。初演を務めた5人の奏者は、それらの楽器を代表する、当時システム的にも演奏技術的にも急速な発展を遂げつつあった管楽器(例えばこの頃フルートは6keys)を名人芸的に操る奏者たちで、彼らはいずれも、自身の楽器のためのソロ作品や重奏作品を作曲する腕も兼ね備えていました。その五重奏団のリーダーは無弁のホルンを操るルイ-フランソワ・ドプラ(Louis François Dauprat 1781-1868)が務めていました。彼の名人芸的なテクニックに感化され、レイシャは3本の無弁ホルンのためのトリオをやはり24曲作曲していて、この楽器の可能性を追求しています。今日ナチュラルホルンとも呼ばれる無弁のホルンは、バルブ付きホルンが使用されるようになってからも、フランスでは19世紀にわたりその奏法が進化し続け、存在感を誇示していました。

 レイシャは作曲の手引書もいくつかを出版していて、死後もそれらはしばらく教科書として使われるほどでした。教授としての態度は守旧的なものではなく、彼の実際の弟子でもあったベルリオーズやリスト、またフランクにも少なからぬ影響を与えています。1829年にはフランスに帰化しています。

【A.レイシャの肖像画】

【ナチュラルホルン】

 

[アントワーヌ・レイシャのシンフォニーを聴く]

シンフォニー 変ホ長調 作品41

 

 シンフォニーを生涯で何曲作曲したのか、その内何曲が現存しているのか統一されたデータがなく不明な点が多いのですが、現在4、5曲を録音で聴くことができます。

 その中でも作品41の変ホ長調のシンフォニーは、ライプツィヒで出版されたこともあり、演奏される機会の多い作品です。

 1799年からの最初のパリ滞在期に書かれた作品で、ハイドンに範を求めた端正ながらもウィットに富む愛想のよいシンフォニー。

 第1楽章は比較的規模の大きい序奏から始まります。主部に入ると躍動感のあるいたずらっぽい主題が駆け回り、第2主題も付点リズムとターンで小動物がそこここから顔を覗かせるような面白味があります。展開部を経て再現部の第2主題部は、少しだけ情けな顔を覗かせるようにハ短調で再現されるところがこれまたユニークです。

 第2楽章は、惚けた主題が回帰するたびに半拍ずらされたりしながらますます輪郭がぼやけていく力の抜けた楽章。

 第3楽章は速めのメヌエットといった感じの三部形式の楽章。トリオでファゴットが弦楽器のメロディーをなぞり、オーボエとフルートが合いの手を入れるところなどハイドンにそっくり。

 第4楽章は弱音のテーマから始まる生き生きとしたロンド・ソナタ形式。強奏部が短調というのもどこかで聴いたような気がしないでもありませんが、最後の半音進行の盛り上がり、ユニゾンにまとまるところなど、レイシャ若かりし頃のシンフォニーは、古典派シンフォニー好きのツボにはまる愉しさにあふれた佳曲になっています。

(2018.2.16)

 

【関連動画】

A.レイシャ:シンフォニー 変ホ長調 作品41

チェコ室内フィルハーモニー、Vojtěch Spurný(指揮)