フランチシェク・クサヴィエル・ドゥシェク

František Xaver Dušek 1731-1799 

 ドゥシェクもイエズス会のギムナジウムで音楽の最初の手ほどきを受けたボヘミア出身の作曲家ですが、この時期数多排出されたボヘミア出身の音楽家が西ヨーロッパ各地に活躍の場を求めたのに対し、ドゥシェクはプラハに身を落ち着けて、故国の音楽の活動を先導してゆく役を選びました。

 ドゥシェクはチェコ北部の小村に農民の息子として生まれました。ギムナジウムで音楽を学んだあと17歳の時プラハに出て、その後ウィーンの宮廷作曲家、ヴァーゲンザイルの元で鍵盤楽器と作曲の勉強を続けます。1770年にプラハに戻り、作曲家と教師として身を立ててゆくようになります。

 そのころ、パフタ伯やクラム-ガラス伯の楽団と関係があったようで、これら楽団の依頼からドゥシェクの多くのシンフォニーが生み出されたと考えられています。

 教師としてコジェルフやマシェクを育てたことも特筆すべきことです。

 さて、ドゥシェクについて語るとき、彼の妻ヨゼーファの存在を無視することはできません。42歳になったドゥシェクの元に20歳も年若いヨゼーファがやってきました。ヨゼーファは美しく魅惑的なソプラノ歌手としてもてはやされていた上、財産があり、プラハ近郊に別荘、ベルトラムカを所有していました。

 その財産は、ザルツブルクの豪商で市長も務めた祖父が由来のものだったのでしょうか。ドゥシェク夫妻は結婚直後にザルツブルクを訪れていますが、そこでモーツァルト家との交流が始まったことも彼らにとっての財産になりました。また、モーツァルトにとってもドゥシェク夫妻と知己を得たことは、のちのち大きな意味をもつことになります。

 ドゥシェクは「フィガロの結婚」のプラハ初演を積極的にバックアップした立役者となり、「ドン・ジョヴァンニ」(この曲はプラハで初演されたのですが)の上演の後押しばかりでなく、ベルトラムカ荘の一室を「ドン・ジョヴァンニ」の最後の仕上げのために快く提供したのです。

 モーツァルトも歌手ヨゼーファからインスピレーションを受け、ザルツブルクでシェーナとアリア「ああ、私は前からそのことを知っていたの!(K.272)」を作曲し、ドン・ジョヴァンニの作曲の傍ら「私のうるわしい恋人よ、さようなら(K.528)」を捧げています。個人的にもヨゼーファとは大の仲良しだったようで、1789年にはドレスデンで再会を喜び合っています。モーツァルト亡きあともドゥシェク夫妻は、息子のカール・トーマス・モーツァルトを長年にわたり世話するなど、あたたかな交流が続きました。

 ドゥシェクは宮廷職につくことはありませんでしたが、高潔な信頼のおける人物としてプラハの社交界で尊敬を集めていました。プラハを訪れる音楽家はドゥシェク夫妻の元を一番に訪ね、寛大な歓迎を受けることができたのです。

 弦楽四重奏をこのジャンルの萌芽期から手がけ、鍵盤楽器のための作品も協奏曲、連弾、ソナタなどを残しています。シンフォニーは一説によると30曲以上が残されているということです。1780年以前に書かれたこれらの作品は、同時代に書かれたウィーン古典派の特徴が備えられ、進歩的な作風を示しています。

【F.X.ドゥシェクの肖像画】

【ベルトラムカ荘】

[フランチシェク・クサヴィエル・ドゥシェクのシンフォニーを聴く]

シンフォニア 変ロ長調 Altner Bb3

 

 残されたドゥシェクの作品は、写譜や保存の状態が悪く、作曲年代を特定できないものが多いのですが、この作品も同様データが不足しています。楽譜はクラム-ガラス宮のライブラリーに保存されていたもので、表紙に8番と書かれていますが、どのカタログに基づく8番かは不明とのことです。

 ドゥシェクのシンフォニーはプラハの伝統でしょうか、3楽章形式のものも多いのですが(モーツァルトがプラハで書いたシンフォニー K.504も同様)、このシンフォニーはメヌエット楽章の入った4楽章形式の規模の大きな作品です。

 3拍子の第1楽章は工夫の凝らされたソナタ形式。展開部では属調で第1主題部をなぞりその後楽章中のテーマを様々に展開させます。

 歌心のあふれるすてきなアンダンテの第2楽章も、形式的には第1楽章と同じ。ここでも展開部は属調で第1主題部を完全になぞった後に展開部的な転調を伴う毛色の変わった部分が現れ、その後主調で第2主題部を再現して終わるという形になっています。

 ウィーンのシンフォニーにみられる典型的なメヌエットの第3楽章。下属調(変ホ長調)になるトリオではオーボエが主導権を握ります。

 トゥッティ・ユニゾン・主和音で始まる古典派シンフォニー!な第4楽章。ここでも展開部は属調で冒頭部分をなぞるという書法ですが、動機展開を伴いより大胆な展開を聴かせてくれます。

(2020.4.16)

【関連動画】

F.X.ドゥシェク:シンフォニア 変ロ長調 Altner Bb3

ヘルシンキ・バロック・オーケストラ、アーポ・ハッキネン(指揮)☆