フランツ・クロンマー

Franz Krommer 1759-1831

 存命中の19世紀初頭、特に弦楽四重奏の分野でハイドンと並び称されるほどの作曲家だったクロンマー。ほかにも多くの器楽作品を残したクロンマーですが、亡くなるころにはベートーヴェンの影に隠れるように、またたくまにその名声の光を失ってしまいました。現在ではクラリネットをはじめとする管楽器のソロ・コンチェルト、管楽器の重奏(ハルモニー・ムジーク)などの分野でもっぱらその名が知られています。

 フランツ・ヴィンツェンツ・クロンマー(生名 František Vincenc Kramář)は、1759年11月に、カメニツェというプラハとウィーンの間に位置する現チェコ共和国の小さな街に生まれ、ヴァイオリンとオルガンを親族から習い、独学で作曲理論を学びました。1775年頃には地元でオルガニストの地位を得、87年までハンガリーの大聖堂でオルガニストを務めます。その後1791年までカーロイ公の軍楽隊のバンドマスターを務めますが、ここで各種管楽器の技法に細く通じることができたと思われます。その後ウィーンに居を定め、グラッサルコヴィチ王子に仕えました。この頃より自作の出版を盛んにするようになり、1810年までに60の弦楽四重奏曲、12の五重奏曲、7つのヴァイオリン・コンチェルトなどが出版されています。1806年のフルート四重奏曲 作品49のレビュー記事では、「奇をてらうことはないが独自性があり、声部間の確かな職人技的対位法に長け、全てが中庸で抑制されている」と評されています。

 彼の名声は増しますが、ウィーンではなかなか永続的な定職につく機会に恵まれず、1805年にはウクライナ北西地方のロマノフの120人からなるオーケストラをもつ宮廷に楽長として雇われたりしています。

 1808年に最初の妻と死別し、その後迎えたマリア・マグダレーナ・フォン・ホルヴァツとの結婚とともに彼の運気は上がってゆきました。1810年にウィーンの宮廷劇場のバレエ指揮者に任命され、ついに1815年に、彼は800グルデンで、皇室宮の名誉衛士となり時の皇帝フランツⅠ世に仕えました。1818年に彼のキャリアは登り詰め、アントン・コジェルフの後任として皇帝に仕える宮廷作曲家に年1500グルデンで任命されました。1831年にクロンマーが亡くなると、その宮廷作曲家のポスト自体が消滅しました。

 冒頭に述べた通り、クロンマーの作品は器楽作品に偏重され、弦楽四重奏曲、五重奏曲、管楽器のソロ・コンチェルト、管楽器と弦楽器、管楽器だけの編成などなどさまざまな作品が残されています。クロンマーの作品には舞台作品も、合唱のためのものも歌曲もなく、わずかなミサ曲があるだけで、声楽作品には興味を示さなかったことが分かります。またピアノのソロ作品にも重要なものはなく、ピアノを含む室内楽もごくわずかです。

 シンフォニーは9曲が作曲されたことが分かっています。最初の4つを自身でナンバーづけしていて、プラス1曲が作曲から間もなくアンドレ社より出版されています。残る3曲は自筆譜だけが残っていて、あとのひとつは失われ調性さえも現在では分からなくなっています。

【F.クロンマーの肖像画】

 

[フランツ・クロンマーのシンフォニーを聴く]

シンフォニー第1番 ヘ長調 作品12

 

 1797年に書かれたクロンマー最初のシンフォニー。この曲を出版したアンドレ社は、クロンマーにハイドンとモーツァルトの後継者との期待を抱きましたが、それもあながち的外れではない完成度をこのシンフォニーに聴くことができます。

 一瞬ニ短調から始まる曲頭が印象的。ドミナントのハ長調を中心に色合い(調性)を巧みに変化させて序奏が終わります。単純な動機を、調性を変化させながら細かく展開してゆき、シンコペーションと律動的な16分音符でノリのよい諧謔性をつくってゆきます。モーツァルトのコジ・ファン・トゥッテの序曲とダブるような愉快な第1楽章です。

 時計の秒針を思わせるようなテーマがロンド的に繰り返され変奏されてゆく第2楽章。前半は弦楽器だけで愛想よく繰り広げられてゆく変奏に中程から木管楽器がイニシアチブを取り、金管も加わり曲想は短調になり盛り上がりを見せます。最後は全員で手をつないで楽章を閉じます。

 第1楽章のテーマに端緒をみることができる管楽器のユニゾンから始まるメヌエット。トゥッティとソロ、弦楽器と管楽器の呼びかけあう様などまさにハイドンのロンドンシンフォニー群のメヌエットを思わせる第3楽章。

 第4楽章は4分の2拍子のロンド。スライドするようなおどけたテーマから始まるソナタ形式の楽章。下属調による第2テーマも細かな律動からなるコミカルなもの。

 全曲にわたり動機が緊密な関係をもち、構造的にも精神的にも古典派の模範的といえる本作品。クロンマーが全霊を注いで書いたほかのシンフォニーとともに広く演奏される日がくることを願わずにはいられません。

*関連動画はここに紹介したシンフォニーではありません。

(2020.3.5)

 

【関連動画】

F.クロンマー:シンフォニー 第4番 ハ短調

ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ、マティアス・バメルト(指揮)